2015年9月24日木曜日

墓参り(四天王寺~真田山)

昨日までの天気が嘘のようです…
四天王寺さんにやってきました。
義弟の命日は2008年9月30日
お坊さんがやって来られた…
如意輪観音様と地蔵菩薩様にお経をあげておられました。
安政地震津波碑(あんせいじしんつなみのひ)
元三大師堂
おもかる文殊」は重ければ知恵がさずかり願いがかないます。
六時礼讃堂の「おもかる地蔵尊」はあげて軽ければ諸願成就。
賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)
 「高橋多一郎父子墓
ちえの輪くぐり
元三大師堂は智恵の殿堂です。
この輪をくぐりさらに大きな智恵をお受け下さいますよう合掌して
御本尊元三大師のご真言「おんばらだはんどうめいうん」と唱えてくぐりぬけて下さい。

一駅ですが地下鉄谷町線「谷町九丁目駅」2番出口から
妙普山 常國寺(みょうふざん じょうこくじ)
墓所の奥の方に
梶井基次郎のお墓があります。
新しいなと思ったら
「昭和50年建立 中谷孝雄書」とありました。
『檸檬』に登場する果物屋さん「八百卯」は,もうなくまりましたが…
お昼に「カレーうどん」(*^。^*)
うれしかったのは量を「大・中・小」とカレーの辛さを選ぶことができる(^v^)
もちろん「小」で「普通」を選びました(*^^)v

谷町筋を歩いて行くとガソリンスタンドが見えます
ガソリンスタンドとマンションに挟まれた場所に
 国指定史跡 近松門左衛門墓

近松門左衛門は,享保九年(1724)に72歳で没した,近世で最も著名な劇作家の一人である。
近松は,竹本義太夫や二代目義太夫のために百作を越える浄瑠璃を著す一方で,
坂田藤十郎のために三十数作の歌舞伎狂言を著している。
『曽根崎心中』『心中天網島』『女殺油地獄』などの世話物に代表される作品に
人間の姿は今日に通じるところも多く,伝統芸能や演劇・映画などの中で再創造され,
たくさんの人々に感動を与え続けている。
近松門左衛門墓は,当初近くの法妙寺(現在大東市へ移転)境内にあったが,
昭和55年(1980)財団法人住吉名勝保存会をはじめ市民の方々の協力を得て,当地に移転し,整備が図られた。
  平成7年10月28日 大阪市教育委員会




今度は上町筋を横切って,コインパーキングを曲がると
楞厳寺(りょうごんじ)
織田作之助墓
雨が降っていて見るのが…(・_・;)
餌差町で鎌八幡があって訪ねたかったのですが
[鎌八幡円珠庵ご住職に聞く「大坂冬の陣」]という記事がありました。
善福寺(ぜんぷくじ(真言宗))
1834(天保5)年,大坂城代として赴任した土井利位(どいとしつら)が弘法大師を深く信仰し,
近くの鏡如庵(きょうにょあん(善福寺以前にあった寺))に参拝していたことから,「土井殿のお大師様」とよばれ,
それが訛って「どんどろ大師」となった。

(『大阪府の歴史散歩(上)』より)
お弓 おつる
歌舞伎 〔傾城阿波(けいせいあわ)の鳴門〕どんどろ大師門前の場

 とゝ(父)様の名は 阿波十郎兵衛(あわのじゅうろべい)

 エゝ して かゝ(母)様の名は アイ お弓(ゆみ)と申します
          
歌舞伎「傾城阿波(けいせいあわ)の鳴門(なると)」どんどろ大師門前の場では,まさに此処,どんどろ大師が舞台として登場します。


淡路人形浄瑠璃 3人が呼吸を合わせて操る人形芝居」(動画)
「 浄瑠璃『傾城阿波鳴門』の舞台 善福寺[どんどろ大師](ぜんぷくじ)
 毎月第4日曜(午後1時半より)墓地案内あいます~無料~
(1月,7月,12月を除く) 当日ここにおいでください

NPO法人 旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会
   真田山陸軍墓地

本墓地は,1869年(明治2年)から1870年にかけて我国陸軍の中枢機関が次々と大阪に創設されたことに伴って,
1871年(明治4年)に日本で最初に設置された陸軍墓地で,現在の面積は約15.090平方メートルあります。
このような陸軍墓地は戦前,全国で80箇所以上つくられましたが,
それらの中でも最も大きな規模を持つ真田山陸軍墓地は終戦当時の景観をよく残していると言われています。

終戦に伴い1945年(昭和20年)12月陸軍省が廃止され,大蔵省の所管する国有財産となりましたが,
1946年(昭和21年)8月に大蔵省との国有財産無償貸付契約により,貸付を受けた大阪市が管理をし今日に至っています。
墓地内には,1873年(明治6年)の徴兵令施行以前に属する兵士の墓碑にはじまり,
西南戦争や日清戦争,日露戦争,第一次世界大戦を経て,先の大戦終結後に設置された墓碑を含め, 約5.100基の個人墓碑,

日露戦争・満州事変戦病没将兵合葬碑及びアジア太平洋戦争の戦病没将兵約8.200人の遺骨等を納めた納骨堂があります。
また,軍役夫や日本軍の捕虜となった清国兵,ドイツ兵の墓碑,
及び兵役従事中の平時病死者の墓碑もあることがこの墓地の特徴となっています。
これまで,二回にわたり研究者による大掛かりな墓碑や納骨堂をはじめとする当墓地に関する学術調査が行われ,
多くの貴重な事実が判明いたしました。
当墓地では,大阪市と締結した確認書に基づき公益財団法人真田山陸軍墓地維持会が,
毎年10月に埋葬・納骨せる戦没者の慰霊祭を行うほか,
特定非営利活動法人旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会による当墓地に関する調査・研究,資料の公開や見学者に対する案内等,
多くのボランティアの皆様に支えられながら,墓地の除草・清掃を行い環境維持活動や傷んだ墓碑の修復・保存のための事業を行っています。
ここを訪れる方々は,整然と並んだ多くの将兵の墓碑にまず圧倒され,
そしてそこに刻まれた文字を読み取るとき,必ずや平和の尊さを実感されものと存じます。

 2014年(平成26年)3月
    公益財団法人 真田山陸軍墓地維持会


(転記間違いがあると思います。他の文章も(^^ゞ…)
 「真田の抜け穴」
来年の大河ドラマは「真田丸」ですね(^_-)
三光神社

昭和二十年六月戦災を蒙り倒壊その片柱をここに留む
   三光神社奉賛会

2014年8月28日の記事「真田山~大阪城
懐かしいゴミ箱(*^。^*)
歩くことを考えてカレーうどん小だったので小腹がすきました(^^ゞ