2016年9月1日木曜日

四天王寺

  謡曲「弱法師」と石の鳥居

 謡曲「弱法師」は,罪のないのに家を追われた少年俊徳丸が,
天王寺の境内をよろめき歩くので〝弱法師〟と呼ばれていたが,
自分の非を悟った父親と再会,
この少年は天王寺の救世観音を信じて悟りの世界にあったので日想観を拝むと感激して,
心にうつる津々浦々の風光をほめて舞う。
夜も更けて父と共に高安に帰るという物語で,
四天王寺の縁起も説かれ,風雅で興趣を感ずる曲である。
 聖徳太子建立の当寺の西門は極楽浄土の東門に当るといわれ,
石造りの明神形鳥居は永仁二年(1294)忍性上人の再建によるもので,
彼岸には落日を拝し極楽浄土を思う日想観の修行がなされた。
世にいう〝天王寺さんのお浄土参り〟として名高い。
  謡曲史跡保存会

石鳥居(西門鳥居)
四天王寺の西側入口にたつ境内最古の建造物。
水平材(笠木,島木,貫)に対して,太い石の円柱が垂直に近くそびえ,どっしりとした印象を与えている。



ここでは他の構成材にくらべて太い円柱で古風な雰囲気。
内転び(内側への傾斜)は少ない。


笠木(かさぎ)
鳥居の最上部の水平材。
両端が反り上がった部分を反増(そりまし)とよぶ。

扁額(へんがく)
鳥居上部や建物入口上などに掲げられる額。
扁額の背面には,額束(貫と島木を結ぶ水平材)がある。
「釈迦如来転法輪所
 当極楽土東門中心」
と書かれている。
釈迦如来が仏法を説くところで,

四天王寺西門が極楽浄土の東門の中心にあたる,という意味。

貫(ぬき)
複数の柱を貫通し,緊結する水平材。
ここでは柱の両端に貫が出ている。


島木(しまぎ)
笠木の下で柱の上にのる水平材。
ここでは石材の上を銅板で覆う。
銅板上に文字が彫られた部分がある。

(『大阪名所図解』)
 引導石(いんどうせき)
引導とは,釈尊が

「生者必滅,会者定離(命あるものは必ず死に 出会った者は必ず別れる)」の
人生無常の迷いの世界より,

人々を究極の悟りの世界へと導かれたことを指し,
転法輪石,伊勢神宮遥拝石,熊野権現礼拝石,

とあわせて四天王寺四石の一つに数えられている。
古記録によると,諸人葬送の時に棺を引導石の前に置き,
無常院(北引導鐘堂)の鐘を三度鳴らすと,
お太子様がこの石の影向ありて亡魂を

極楽浄土の世界にお導きくださるという伝説があり,
太子信仰と浄土信仰を結ぶ重要な霊跡となっている。

見真堂(けんしんどう)
 創建年代未詳
 昭和48年(1973)再建。
 元は役の行者(えんのぎょうじゃ)を祀っていたが,
後に見真大師(けんしんだいし 親鸞聖人)を安置したことから,見真堂という。
 親鸞聖人が聖徳太子を深く讃仰され,
しばしば四天王寺に詣(もう)でられた縁によりここに祀られることとなった。
 堂内には正面に本尊阿弥陀如来,
右に聖徳太子像,左に六字名号(ろくじみょうごう)の掛軸を祀る。
 御堂の東側には,親鸞聖人銅像を祀る。

南無阿弥陀仏
本尊ご真言
 おん・あみりた・ていぜい・からうん

 今朝は,両親と妹と四人で四天王寺さんにお参りに来ました。
母は,今までのお墓をやめて四天王寺におさめるときに,
お参りすることが出来なかったことをずっと気にやんでいました。
少し歩けるようになったので,お参りにきました。
浄瑠璃(義太夫節)界先師石塔群
これらの石塔類は,能楽・歌舞伎と並んで日本の三大国劇の一つと呼ばれる,
大阪で生まれた「人形浄瑠璃」(現在の文楽)界の功労者を顕彰するために,
四天王寺境内に門弟等によって建立された供養塔である。
当初からこの様な一群であった訳ではなく,
近年において判明しているだけでも1925年6月,

1933年7月に整備されたものであるが,
江戸時代の著名な芸能者の供養塔がこの様な形で集まっているものは珍しく,

又貴重なものである。

初代豊竹若太夫供養塔(1681~1764) (詳細は省略。以下同)
二代竹本義太夫供養塔(1691~1744)
初代竹澤彌七墓石(?~1754)
初代・二代竹本春太夫墓石(初代?~1784),二代(?~1790)
初代鶴澤清七供養塔((?~1826)
文正翁曲帯塚
豊竹此太夫夫妻宝塔
四天王寺境内には他にも義太夫三味線の元祖「初代竹澤権右衛門の碑」や
「人形遣いの碑」などがある。
これらの石塔は2013年,初代竹本義太夫の三百回忌を記念し,
人形浄瑠璃文楽座因講が,文楽座並びに文楽ファン等の寄付により,

大規模な修復を行った。
  2013年(平成25)人形浄瑠璃文楽座 因講


相輪(そうりん)
五重塔のシンボルとして,最上部に位置する。
総高39.2メートルのうち,相輪が12.3メートルを占める。


宝珠(ほうしゅ)
相輪の最上部にある珠飾り。


竜車(りゅうしゃ)
相輪において宝珠と水煙の間にある飾り。


水煙(すいえん)
水煙は四方に広がるが,四天王寺五重塔では各方面とも3体とも飛天が配されている。

九輪(くりん)
本来は法輪とよび,相輪で最も目立つ部分。


請花(うけはな)
相輪において九輪の下にある上向きの蓮弁を持つ蓮座。

(『大阪名所図解』)
銀杏がこんなになっていました(°0°)
亀がいるのは知っていましたが…
こんなに大きなスッポンがいたのは知らなかったな…(°°)
 英霊堂(えいれいどう)
もともとは,聖徳太子1300年御遠忌(ごおんき)事業として作られた
世界最大の釣鐘を設置する頌徳鐘楼(しょうとくしょうろう)。
しかし,釣鐘は戦時中の金属供出で失われたため,今は建物を改造して戦没者を祀る。
古きコンバージョン建築の一例。
ちなみに大阪銘菓・釣鐘饅頭は,ここの釣鐘をモチーフにしたもの。

(『大阪名所図解』)

行きは,京阪電車と地下鉄,参道を歩きましたが
帰りは,母が歩き疲れたようなのでタクシーで天満橋駅まで戻り,
電車に乗って帰りました(^-^)
四人でお昼にうどん屋さんに入り,
食べていると「今日は,頭がボーッとしない」と話してくれました。
歩くことができなくなって,家の中で過ごすことが多く
気分的に落ち込んでいました。
少しでも,歩くことで気持ちが晴れてくれるといいな…