2016年6月17日金曜日

中之島へ(*^-^*)

午前中は,母を病院へ送迎していたので
午後から市役所に寄りました
大阪市民ではないので書類の提出ではありません(*^ー゜)
府の職員だった頃は,出張などがあると府庁の食堂を利用していたので
大阪市庁にも食堂があるはずだと…地下2階に降りて
ラーメン(350円)です。
紅ショウガはσ(^_^;が入れました。
洋食 ナポリ亭(もう一軒食堂があります)
食べログのコメント書かれているような蘊蓄のある評価はできません。
鴨さんの記事の言葉 お味ですか?街の食堂はそーいう評価はなじまないですよぉー
350円であれこれ書くほど野暮じゃない(*´∀`*)
でも,美味しかったですよp(^-^)q
というのがσ(^^)の味覚のレベルです。
お金を払って食べるのですから,美味しいなと思って食べます(*^ー゜)
今日の目的地は大阪府立中之島図書館
大阪府中之島図書館の創立
大阪府知事菊池侃二(きくちかんじ)が,府の教育十カ年計画の中で
図書館新設を提案したのは明治32年(1899)のことであった。
それを知った住友家十五代当主
住友吉左衞門友純(すみともきちざえもんともいと)氏は,
明治33年(1900)2月,図書館建設費15万円と図書購入基金5万円を
大阪府に寄附することを申し出た。
この寄附採納(さいのう)の議案は同年3月大阪府議会で可決された。
府立図書館は野口孫市(のぐちまごいち)氏が設計し
日高胖(ひだかゆたか)氏がこれを援(たす)け,
明治37年(1904)1月に竣工,大阪府に引き渡された。
同年2月25日開館式典が挙行され,
3月1日名前も「大阪図書館」として一般公開された。
その後明治39年(1906)大阪府立図書館と改称し,
現在の中之島図書館となったのは昭和49年(1974)のことである。
開館後,図書館の閲覧者は日に日に増加し,
住友吉左衞門氏は,大正6年(1917)12月,
再び寄附を願い出,左右両翼棟が増築された。
設計は技師長日高胖氏が担当し,
大正11年(1922)10月21日増築が完成しほぼ今日の図書館の姿となった。

(表記は原文通りではありません)
特別展示で入室することができました。
大阪の歴史を見ていると,
寄付でできた施設や学校が数多くあります。
たとえば「リバティおおさか大阪人権博物」の敷地は
当館が所在する地域は江戸時代から今日まで被差別部落,いわゆる同和地区であり,
ここに居住する地元住民は長きにわたって厳しい部落差別に苦しんできました。
明治時代の初め、部落差別をはね返すために教育を身につけようとして,
地元住民は自らの資金と力によって,いち早く地域の中に小学校を設立しました。
これが後に現在の大阪市立栄小学校になる、始まりです。
それを市の所有地だとして返還を求めています(裁判が続いています)。
 記念室
 大阪府立中之島図書館は,1904(明治37)年に住友家の寄付により本館が建設された。
その後,利用者の増加・蔵書数の増加により手狭になったため,
1922(大正11)年に再度住友家の寄付により両翼の拡張工事が行われ,現在の姿になった。
 記念室は,1922(大正11)年の両翼増築時に
図書館の正面玄関の真上にあたる現在の場所に新設された。
住友吉左衞門友純氏を永く記念する意味をこめ,同氏の銅板レリーフを掲げている。


この図書館も前市長や現知事の意向で閉館の危機にあったことがあります。
他の施設へ転換をしようとされた。
資料室で,見たかった本があったので
デジタルメモに入力していました。
中之島という立地条件なので,来館者の多くはビジネスマンのようでした。
平日でしたが多くの利用者がおられました。