2015年10月30日金曜日

朝は曇り空…

封切れば枯れし野菊とながからぬ手紙と落ちぬわが膝のうへ
(『若山牧水歌集』)
今朝は、曇り空で…
コスモスの揺れ合ふあひに母の恋見しより少年は粗暴となりき
(『[新編]中城ふみ子歌集』)
最近,ミミカケ(耳欠け)に出会う場所が違い,
会うときは,朝ご飯をもらっているときなので写せませんでした(^_-)
両親ものんびり秋の公園を散歩p(^-^)q
モミジバフウ(マンサク科)

美しさ教え子の梅もどきさげてゆく辞儀をして
      萩原井泉水
(『日本の詩歌19』)
我病めり山茶花活けよ枕元
(『漱石全集第二十三巻』新書判 岩波書店
蟻が一生懸命に働いていましたp(^-^)q
ちなみに山茶花と寒椿の区別はできませんσ(^_^;
虚子寓
桐の葉のいまだ落ちざる小庭哉
(『子規句集』)
 薔薇よ薔薇むかし貴きこころ持ち
(『しづ子』)
石蕗咲きぬ花の黄色をいのちとし
(『鈴木真砂女全句集』)

マガモ
巻第三(挽歌) 416
   大津皇子(おほつのみこ)の,死(ころ)されし時に,磐余(いはれ)の池の陂(つつみ)に流涕(りうてい)して御作(つく)りたまひし歌一首
ももづたふ磐余の池に鳴く鴨(かも)を今日(けふ)のみ見てや雲隠(くもがく)りなむ

  ◆大津皇子が,処刑されたときに,磐余の池の堤で涙を流してお作りになった歌一首
(ももづたふ)磐余の池に鳴いている鴨を,今日を限りに見て,私は死んで行くのか。
▽大津皇子は父天武天皇崩御の二十三日後,持統天皇の朱鳥元年(686)十月二日,謀反の嫌疑によって逮捕され,翌三日,訳語田(おさだ)の家で死を賜った。時に24歳(日本書紀・持統称制前紀)。
歌の結句「雲隠る」は,人を尊敬してその死を間接的に表す敬避表現であるから,自らの死について用いるのはおかしい。
この歌は,皇子周辺の人の作が皇子の辞世の歌として伝承されたのであろう。
(『万葉集(一)』)
門邊より咲き伏す菊の小家かな
     杉田久女
(『現代日本文學全集91 現代俳句集』筑摩書房 昭和32年)
サンシュユの実を写すのに気をとられて…
樹明君に
うらから来てくれて草の実だらけ
(『山頭火句集』)
姨捨(をばすて)はあれに候とかゞし哉
(『一茶俳句集』)
上を向いていてポッと灯りがともっているみたい

錦木に萩もまじれる下もみぢはおのかに黄なる夕月夜かな
(『与謝野晶子歌集』)